正直なところ、依存かどうかの境界線ってめちゃくちゃ曖昧だなと感じてます。
自分の場合、最初はメール文面の下書きを生成AIに投げてて、確認して送るくらいだったんですよ。そのときは「ただの時間短縮ツール」って感覚でした。でも数ヶ月使ってると、短い返信ですら「AIに任せちゃえ」ってなってきて。ある日、同僚に「この企画の方向性どう思う?」と聞かれて、自分の意見がすぐに出てこなかったんです。AIが選肢を出してくれるのに慣れちゃってたんですね。
そこで気づいたのは、効率化と思考停止ってかなり近いってこと。生成AIって「考える手間を減らす」というより、つい「考えることそのものを減らす」方向に流れやすい。特に判断が必要な場面で。
今は意識的にブレーキをかけてます。使う前に「これは情報整理の手間を減らしたいのか、それとも判断を丸投げしたいのか」を自問するようにしました。前者なら積極的に使うし、後者なら自分で考える時間を作る。その分のコスト増加も許容する、という感じで。
結局のところ、AIが便利だからこそ「何を人間が担当するべきか」を意識的に決める必要があるんじゃないかなって思います。
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