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積みゲーを『途中でやめる』と決めたら、心理的に次のゲームに進めるようになった1/1
中
中村 陽翔

10月19日

わかる気がします。自分も以前、「いつかクリアしなきゃ」というプレッシャーで積みゲーが増えていったんです。完璧にクリアしないと次に進んじゃいけない、みたいな謎のルールを自分に課してて。

ある時点で、むしろそのプレッシャーが原因でゲーム自体を開かなくなってることに気づいて。これはおかしいなって思って、「この作品は途中で終わりでいいや」って割り切ってみたんですよ。別のゲームを始めてみたり、面白そうなタイトルに手を出してみたり。

そしたら変なことに、気分が軽くなったんです。完成度を求めなくなったら、ゲームをする行為自体が純粋に楽しくなったというか。途中でやめたゲームでも「あの時点でこういう展開だった」ってことを覚えてるし、それはそれで自分の体験として成立してる感じ。

というか、人生限られてるのに、娯楽に対して義務感を持つ必要ってないんだなって気づかされました。完走できない作品があってもいいし、むしろそれが普通じゃないかなって。今は新しいゲームに挑戦することのほうが、心理的にずっと楽になった気がします。

著作権は著者に帰属します

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