第8話
第8話 音のある暮らし
目次を見て、本当に読みたい章があるかを確認する。そうすることで、半分も読まずに本棚の奥へ埋もれていく本たちとの別れを経験してきた。今夜の一冊も、その厳選を経た一冊だ。
ページをめくる手が止まる。
窓の外は夜で、部屋は静寂に包まれている。かつてなら、この静けさは退屈に感じられたかもしれない。スマートフォンを手に取り、SNSをスクロールし、テレビをつけ、何かしらの音声や光で部屋を満たしていたはずだ。
だが今、主人公はその静けさを選んでいた。
本から顔を上げ、あたりを見回る。白い壁、必要な家具だけ、窓際に置かれた観葉植物一鉢。かつての部屋とは別世界だ。段ボール数箱の衣類、使わない家電、インテリア雑誌で見かけた「これがあると素敵」という品々——それらはすべて去った。
何かを失ったのではなく、何かを得たのだと、主人公は静かに気づいていた。
朝日が部屋に入る時間、その光の質感を感じること。雨の日に窓を叩く音に耳を傾けること。友人との会話で本当に必要な言葉を選ぶようになったこと。仕事の帰路で、往来の雑音の中にも小さな音——木の葉ずれ、水音、人の足音——を聞き分けられるようになったこと。
それらはすべて、余白が教えてくれたものだった。
余白があるから、そこに音が響く。余白があるから、そこに光が映る。余白があるから、そこに自分の思考が浮かぶ。
主人公は本をそっと閉じ、再び窓の外を見つめた。深夜の都会の明かりが、遠く光っている。あの喧噪の中にいた自分。あの過剰さの中で溺れていた自分。
もう戻る気はなかった。
ここ、この静けさの中に、主人公は自分の暮らしを見つけていた。完璧ではなく、豊かでもなく、ただ必要なだけ。それで充分だった。むしろ、それ以上は何も要らなかった。
明日も、同じように朝を迎える。同じように仕事に向かい、同じように食事を作り、同じように本を読む。その繰り返しの中で、主人公の人生は今、最もシンプルで、最も充実している。
灯りを消す。暗くなった部屋で、主人公は静かに息をついた。
この余白こそが、私の選んだ場所だ。
(完)
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