第2話
9時27分のズレ
その日の午後、私は結局何も進まなかった。デザイン案は朝のままだし、メールの返信も後回しにしてた。
ニット帽の人のことばかり考えてた。
いつもの彼は、毎日同じ時間に来て、同じくらいの時間ずっと作業して、同じくらいの時間に去っていく。その反復の中に、何か職人みたいな本気を感じてた。だからこそ、今日のスマホとため息が気になった。
もしかして、何か問題があるのかもしれない。SNSでバズってる何かを見たのか。DMで何か言われたのか。それとも、あの手の人たちがよく言う「クリエイティブの息詰まり」みたいなやつ。
でもそれって、多分に私の想像じゃん。
Twitterのクリエイターアカウントとか見てると、みんな「カフェで集中できた」「朝のルーティンが大事」みたいなこと言ってるけど、実際のところ、その人たちが何を考えてるかなんて、本当のところ全然わからない。見えるのは、発信されたことだけ。
9時27分。その人は毎日、その時間に来る。
だから私も毎日来てる。同じ時間に、同じ場所に。その空間に誰かがいることで、なぜか集中できる気がした。別に会話するわけじゃない。顔も知らない。ただ、同じように何かに向き合ってる誰かがいる。それだけで、こっちも頑張れた気がしてた。
明日、来るのかな。その人。
もし来たら、どんな顔になってるんだろう。落ち着き戻ってるのか。それとも、もっとモヤモヤしてるのか。
またか。くだらないなって、改めて思った。でも、明日も9時15分にはここにいるんだろう。私は。
続きはまもなく
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