観測者たちの季節

3/3

第3話

測定不可能なもの

木曜日の昼休み、私は研究棟の屋上にいた。

昨日の会議室の沈黙が、まだ身体に残っていた。田中の問いかけは、選択肢を与えるようで、実は選択肢ではなかったのかもしれない。制度の中で「伝える」ことも、限界を指摘することも、どちらにせよ評価される側の立場は変わらない。

携帯が鳴った。若い研究員の佐藤からだ。昨日、「研究の本当の価値は、まだ分からないものの中にある」と言った彼女だ。

「屋上ですか。来てもいいですか」

数分後、佐藤は私の隣に立っていた。彼女は評価シートを手に持っていた。

「昨日、考えていたんです。田中さんは『翻訳』と言いました。でも翻訳って、元の意味を失うことってありますよね。私たちの研究を『評価制度の言葉』に翻訳したら、何が失われるんだろう」

私は答えなかった。答える必要がなかった。

「私は両方やると決めました」と彼女は続けた。「面談では、成果を『翻訳』して伝える。でも同時に、研究ノートには、今のままの形で記録を残す。将来の誰かのために。評価制度が変わった時のために」

屋上の風が強かった。

「それは、二重生活のようなものですね」

「かもしれません」彼女は評価シートを見つめた。「でも、その二重性の中にしか、真実はないような気がしたんです。制度を拒否することも、完全に従うことも、どちらも嘘になる気がします」

私たちは沈黙した。金曜日の面談まで、あと一日。その日、他の研究員たちはどんな選択をしているのか、まだ誰も知らなかった。

続きはまもなく

目次

コメント