第8話
責任の形
「でも、責任は預けられないんだ」
田中さんはそう続けた。僕の言葉を遮るように、だが決して強くはない口調で。
「君が僕の指示を受け入れるのは、それが正しいからじゃない。その判断の過程を自分なりに理解して、納得したからだ。違うか」
僕は答えられなかった。
「間違っていたかもしれない判断をする。それでも進める。その時に大事なのは、誰の責任かじゃなくて、そこから何を学ぶかだ。君は今、責任の所在を探している。だが、仕事ってのはそういう逃げ場を探す行為じゃないんだ」
窓の外は月曜日の朝日に満ちていた。いつもと変わらない風景なのに、何かが違って見えた。
「最初に君が言ったことを覚えてるか。『締切に追われている』と」
「はい」
「追われるのをやめろ。じゃなくて、追われているのが何かを変えろ。責任から逃げるんじゃなく、責任の中で判断する。その繰り返しが、仕事を仕事らしくする」
メールを再度開く。今度は違う目で読んだ。指示ではなく、一つの提案として。その奥にある試行錯誤として。
僕の手はキーボードの上に置かれた。返信を始める。田中さんの判断を実行するのではなく、その判断を踏まえて、自分として何ができるかを考えながら。
締切は相変わらずそこにある。だが、今はそれが敵に見えなかった。
(完)
目次