第3話
「ちょうどいい」の正体
翌日、私は朝日が差し込む部屋で目を覚ました。
段ボール箱はまだあちこちに積まれているのに、昨日整理した場所からものを取り出すのが、なぜか気持ちいい。眼鏡をベッドサイドから手にして、本を片付けて、ゆっくり起き上がる。その流れが、すでに身体に馴染んでいるような感覚だった。
キッチンに立つと、調味料瓶の手の届く高さを確認した。塩、砂糖、醤油。毎朝使うものが視界に入ってくる。前の部屋を思い出すと、同じ作業をするのに、いつも何かをよけていた。その小さなストレスが、毎日、積み重なっていたんだなと気づく。
午前中、何か違和感を感じて、もう一度ノートを開いた。昨夜メモした「最近使ってないもの」の列を見返す。フードプロセッサー。アロマディフューザー。ホットプレート。どれも「いつか使うかもしれない」という理由で、前の部屋から運んできたものばかり。
でも書き留めたのは、すぐに捨てるべきかどうかの判断ではなく、自分の行動の記録だ。使う頻度をもう一度見つめるための時間が必要なのかもしれない。
午後、友人が遊びに来た。いまだに箱に囲まれた部屋を見回りながら、「片付け大変だね」と言った。でも私は、これは片付けじゃないんだと思った。
これは、自分にとって「ちょうどいい暮らし」がどういう形なのかを、ゆっくり確認していく作業なんだ。
箱を開けるたびに、それぞれのものが「今の私に必要か」が問われている。そしてその答えは、急いで出す必要がない。毎日の動きの中で、徐々に見えてくるものなのかもしれない。
続きはまもなく
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