第1話
第一話 処方箋
定期検診での医者の言葉が頭から離れない。「このままだと危ないですよ」と淡々と告げられたのは、三日前のことだ。血圧、コレステロール値、どれもが基準を超えている。仕事のストレスのせいか、この五年で体重も十キロ増えた。
「運動習慣をつけてください。激しい運動でなくていい。毎朝十分間のストレッチから始めましょう」
医者の処方箋は極めてシンプルだった。ジムに行けとも、ランニングをしろとも言われなかった。ただストレッチ。正直、効果があるのか疑わしい。だが、このままでいいはずもない。
その朝、朝五時のアラームで目を覚ました。妻はまだ寝ている。居間のカーペットの上に仰向けに寝転ぶ。天井を見つめながら、ゆっくりと膝を立てた。医者がくれた資料に載っていた基本的なストレッチから始める。
右の膝を胸に引き寄せる。ハムストリングスが張る感覚がある。もう二十年、こんなことをしていない。学生時代は柔軟体操も当たり前だった。大人になって、体と向き合う機会をこんなにも失ってきたのかと、妙な感慨が湧く。
ゆっくり十分間。次の日も同じ時間に目を覚ました。三日目には体が朝五時を覚え始めたようだ。一週間目、妻が「最近、朝の準備が早くない?」と聞いてきた。気のせいかもしれないが、午前中の仕事の集中力が少し高まっているような気がする。
ストレッチなんかで、本当に変わるのか。そんな疑問は相変わらずある。だが、医者の言葉も気になる。一ヶ月続けてみようと決めた。これは処方箋だと思うことにした。単純な習慣。毎朝、天井を見つめながら体を伸ばす。それだけのこと。
続きはまもなく
目次