第1話
第一話 ノイズの中の声
定年を迎えて二ヶ月。やることもなく、スマホをスクロールしている僕の肩越しに孫娘が覗き込んできた。
「おじいちゃん、何してるの?」
「ああ、ちょっと何か聞きたい気分でね」と答えながら、アプリを開こうとしている。昔みたいにラジオをつけるわけにもいかない。今の時代、何を聞きたいのかすら整理がついていない。
そういえば、君はpodcastとか聞くのかい、と聞いてみた。
彼女の顔が少し輝いた。毎日、通学の時間に何か聞いてるんだって。でも、どうやって探してるのかはぼんやりしてるらしい。「とりあえずランキング上位から試す」。その程度。そりゃそうか。昔の僕たちだって、ラジオは受け身だった。放送局が決めたものを、決まった時間に聞く。それだけだった。
でも今は違う。何億という音声コンテンツの中から、自分たちにぴったり合うものを能動的に探さなきゃならない。逆説的だけど、自由すぎて迷うんだ。
「一緒に探してみようか」
スマホの小さな画面に、ずらりと並ぶカテゴリー。ビジネス、コメディ、犯罪、教育、心理……。ラジオの時代には存在しなかった分類ばかりだ。むしろ、昔のラジオってジャンルを横断してたな。ニュースの後に歌があって、コントがあって。今はそれが細分化されてる。
どれから始める。彼女が首を傾げた。
そこだよ、と僕は思った。これまで僕たちが経験したことのない、でも誰もが感じている戸惑い。それは、実は悪くないものなのかもしれない。
ラジオディレクターだった頃、僕たちが目指していたのは「その瞬間に、その人の心に届く放送」だった。でも今、その「その人」っていうのが、もっともっと具体的に、個別に存在できるようになった。
誰かの声を探すのは、実は自分たちの心の中の何かを探してることなんじゃないか。そんなことを思いながら、僕はスクロールの手を止めた。
続きはまもなく
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