第5話
「パターン」と「例外」のあいだで
紙のノートに記録する習慣も、三週間を過ぎた頃になると新しい迷いが生まれていた。
言葉で眠りを記述することは確かに気持ちを楽にした。しかし、ノートを開くたびに「よい記述とは何か」を意識している自分に気づくようになった。同じ「よく眠れた」でも、より詩的に書けば、より正確に思えるのではないか。そういった小さな競争心だ。
ある夜、いつものように記録を始めようとして、ペンが止まった。昨夜のことを思い出そうとしても、言葉にしがたい違和感が残っていた。スマートウォッチの数字では「質が低い」と判定されるだろう眠り。でも実際には、途中で目が覚めたあと、珍しく焦らずに再び眠りに落ちた。その過程は、自分にとって何か重要な変化に思えた。
だが、それをどう言葉にするか、まだ持っていない。
前話で感じた「言葉による解放感」は本物だったと思う。けれど今、気づきつつあるのは、言葉にも言葉なりの落とし穴があるということだ。パターンを見つけることの心地よさ。説明できる形にすることで満足してしまう危険性。
ノートの余白を見つめながら、僕は考える。アナログは本当に「より本質的」なのか。それとも、数字とは別の形で、同じ罠に陥っているだけではないか。
ペンを握りながら、今夜の眠りについて、何も書かないことにした。
続きはまもなく
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