第8話
冬の朝に
十一月の朝、いつもより早く起きた。
窓の外は薄暗く、まだ夜が残っている時間だ。季節が確実に変わったことを、気温よりも光の質で感じた。
台所に立つと、昨晩のうちに準備した大根が、まな板の上で待っていた。切り込みを入れ、塩をふる。シンプルな漬物のレシピだが、今の自分にはこれで十分だった。
包丁を動かしながら、ふと思った。栗から始まったこの日々は、別に特別なものではない。毎日の繰り返しに過ぎない。それでも、その繰り返しの中に、小さな選択と発見があることに気づいたのだ。
水が沸く音が聞こえた。季節が変われば、食べるものも変わる。冬には冬の野菜がある。春には春の香りがある。その時々で、何を選ぶか。どう調べるか。どう作るか。
そういう営みが、いつしか習慣になっていた。
弁当箱に大根を詰めると、横にはごま塩をかけた小松菜を添えた。色合いもいい。明日はどうしよう。白菜が安い季節だから、今度は浅漬けにでも挑戦しようか。
蛍光灯の下で、弁当箱の蓋を閉じた。毎週、佐藤が何か言うだろう。その会話も、今では自然な流れになっていた。
会社員の日常に戻る前に、もう一度、台所を見渡した。何もかわっていない。小さな調理器具、限られた食材。ただ、その空間が今、自分にとって大切な場所になっていることを、改めて感じた。
苦手だった自炊は、今も簡単なものばかりだ。でも、それでいい。毎日のおかずは、毎日の小さな物語。それに気づくまでの道のりが、この数ヶ月だったのだと思う。
玄関に向かう前に、明日の朝も早く起きようと心に決めた。冬の季節が、これからどんな食材をくれるのか。その先の何ヶ月も、何年も。その時々で選ぶものを、思い描きながら。
(完)
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