第7話
問い直す者として
理論を手放すことは、終わりではなく、別の始まりなのだと、送信後にようやく理解した。
相談者からの返信は三日後に来た。長文だった。
彼らは書いていた。キャラクターの「暴走」と思っていた違和感の正体は、自分が与えた設定と、そのキャラクターが物語の中で自然に示す矛盾だったこと。骨格の理論に従えば従うほど、その矛盾は「不具合」に見えた。だから修正しようとした。何度も。
しかし修正するたびに、違う違和感が生じた。やがて気づいた。その矛盾こそが、そのキャラクターを「そのキャラクター」たらしめているものなのだと。
「理論は正しかったと思います」彼らは続ける。「ただ、理論は説明しません。キャラクターが何であるかではなく、何でないかを教えてくれるだけです。その先は、自分たちで埋めるしかない」
読み終わった時、私の中で何かが静かに動いた。
これまで私は「方法を示す者」だと思っていた。けれど、実は「問いを投げかける者」に過ぎなかったのかもしれない。理論とは、その人が自分自身に問い直すためのきっかけであり、答えではないのだと。
そうなると、SNS上での発信の意味も変わる。「これが正解です」という提示ではなく、「こうも考えられませんか」という問い掛けへ。
私は返信を書く。今度はもっと素直に。
「あなたの試行錯誤を、次回の連載で紹介したいのですが、よろしいでしょうか。もちろん、匿名で」
送信ボタンを押す前に、ふと思った。
この問いも、また相談者への問い直しなのだ。自分たちの経験が、誰かの役に立つのか。役に立つとすれば、どう立つのか。それを一緒に考えることはできるか。
理論を手放した先に見えていたのは、孤立ではなく、別の形の対話だった。
続きはまもなく
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