第1話
第一話 手放せない理由
SNSを見ていると、最近は『ミニマルワードローブ』だとか『捨てる美学』といった言葉をよく目にする。友人たちも次々と断捨離に取り組んでいるようだ。気持ちいいほどにスッキリした部屋の写真が並ぶタイムラインを眺めていると、なんだか自分も重い腰を上げなければという気分になる。
そこで先週末、意を決してクローゼットと向き合うことにした。正直、久しぶりだ。つぎ込むべき時間の割に、決断の連続で疲れるからだ。
ハンガーを一本ずつ手にしながら、判断していく。あれは去年買ったけれど、結局一度も着ていない。こちらは色が微妙に似合わなくなった。そういった類の服は、割とすんなり「手放す」という決断ができた。
だが、ある時点から作業が進まなくなった。それは、何年も前から持っている何枚かの服だった。正直なところ、今の自分が着るには少し古めかしい。素材だって、今ならもっといいものが手に入る。機能性も劣っている。客観的に見れば、クローゼットから消えても誰も困らない服だ。
なのに、手が進まない。
その服を手に取るたびに、脳裏に浮かぶのは、それを着ていた時の自分だ。当時の気持ちや、その日の天気、一緒にいた人の顔。そういった記憶が、布地に染み込んでいるような感覚に陥る。
世間では『思い出は脳に保存されている。だから物は要らない』と言われる。理屈としてはわかる。だが、実際に目の前の布を手放そうとすると、その理屈だけでは割り切れない何かが、胸の中に引っかかる。
もしかして、自分が手放せないのは、服そのものではなく、その服とともにある思い出や、その時の自分自身なのではないか。そう考え始めると、捨てるべきか保つべきか、その判断軸そのものが曖昧になってしまう。
「物を手放す」という、一見シンプルな行為が、実はずっと複雑なものなのだと、その時初めて気づいた気がした。
続きはまもなく
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